はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 81 [迷子のヒナ]

希望通り、ヒナを晩餐用の夜会服に着替えさせたダンは、そこでようやく階下に客がいる事を知った。

「誰ですって?」
ダンはヒナのもじゃもじゃ頭にラベンダー水を吹きかけながら、念のためもう一度願いしますというように尋ねた。

「コリン。エヴィが連れてきた」

鏡の中のヒナが顔を顰めた。ラベンダーの香りはあまり好きではないらしい。

「コリン……もしかして、コリン・クレイヴンですか?アンソニー・クレイヴンの弟の?」

ダンはヒナのやわらかな髪にブラシを入れた。
くそうっ。今日のヒナの髪は手強いぞ。このままではブラシが飲み込まれてしまう。といって無理をすれば、ヒナの繊細な髪が傷ついてしまう。だから昼寝の時はヘアキャップをといつも言っているのに。

ダンは整髪用のオイルに手を伸ばした。何かの植物の種から抽出した貴重な物らしいが、これを使うとヒナの髪はすこぶるいい子になるのだ。

「アンソニーって、ジュスの?」

「え?……あ、ぁ……」

しまった。アンソニーの名は禁句だった。
ダンは自分の失言に気付き、思わず貴重な小瓶を落としそうになった。

「ジュスが早く帰って来たのはそのせい?ヒナに会いたかったからじゃないの?」ヒナは蒼ざめ、いまにも泣き出しそうだ。

「もちろん。ヒナに会いたかったに決まっているだろう?」ダンは声を引きつらせながら答えた。

ヒナを泣かせたことがジャスティンに知られたら、ダンの首は間違いなく飛ぶ。ダンの前にヒナの世話をしていた数人は、ほんの些細な事で職を失い、二度とこの界隈で見ることはなかった。ダンは激しくうろたえた。そして自分が、いま現在屋敷で起こっているすべてを余すことなく知らないことに腹立たしさが込み上げて来て、まずはヒナと情報を共有しようと考えた。

ダンはヒナをお気に入りの緑のソファに座らせることにした。ありきたりなソファなのに、ヒナはここに座ると途端に機嫌が良くなる。

「よし、ヒナここへ座ってみようか」
ダンはソファの背を掴み、必死にヒナに訴えかけた。

ヒナはとぼとぼとやって来て、項垂れるように腰をおろした。

さすがにこの状況で、途端に機嫌が良くなるとはいかなかったが、それでもヒナは落ち着きを取り戻してくれた。

ダンはほっと安堵の息を漏らした。

まだ首は繋がっている。

つづく


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迷子のヒナ 82 [迷子のヒナ]

「えっ!ということは、ヒナはその……そういうアレなんだ――」

なんてことだ。ヒナは伯爵の孫だったのか。それで昨日からジェームズとホームズの動きがおかしかったんだ。クロフト卿がここへ来たって聞いた時は、てっきりとうとうジェームズにまで食指を動かしたかと思っていたが、とんだ勘違いだ。

そりゃ、旦那様も急いで帰ってくるに決まっている。

あれ、だったらコリンがここへやって来たのは、旦那様と一緒にでは?エヴァンが連れて来たとはいったいどういうことだ?エヴァンはクラブの従業員で、ウェルマスには同行していなかったはずなのに。

「次は、ダン」

ヒナはあどけない口調からは想像もつかないほど、断固とした眼差しでこちらを見ている。

ダンは自分の知っていることを洗いざらい吐き出すまでは、この部屋から出られない事を悟った。真実からゴシップに至るまで、すべて……。

「ヒナ、アンソニーの事は知っているよね?」

「うん。ジュスの大切な人」ヒナは食べ物の話でもしているかのように快活に答えた。

ダンはいたたまれなくなった。ヒナは旦那様の事をすごく好きで、だからこそ旦那様がかつての恋人に会いに行くことも受け入れているのだ。どちらにせよ、相手が故人とあっては駄々をこねることも出来ない。

このことに関しては、ダンはちょっとした不満を抱いていた。もちろん雇い主であるジャスティンに逆らおうなどとは微塵も考えていないし、尊敬する気持ちがそれで削がれることもなかった。が、ダンはヒナの近侍だ。ヒナが毎年この時期にひどく落ち込む姿を目にしてきて、仕方がないことだとは思えなかった。せめて一緒に出掛ければいいのにと、ダンが思っても不思議ではない。

とはいえ、自分ものん気に外出をしていたのだが――それはさておき。

「旦那様とは兄弟みたいな関係だったんだって。ヒナと旦那様が出会ったウェルマス、あの山手の方にクレイヴン家の領地があって、そこで一緒に育ったらしい」

「コリンも?」

「うーん、それはどうかな。歳が離れすぎているから、それはなかったと思うよ」

「コリンは何歳なの?」

「確か十六歳――ヒナのひとつ年上だね」

「年上?」

愕然とするヒナの表情を見る限り、年下とでも思っていたのだろうか?
ダンはコリンを見たことはない。けれどヒナよりも年下に見える十六歳がこの国にいるとは思えなかった。

「まあ、ひとつだから気にしない方がいいよ」などと慰めのような言葉を掛け、ダンはヒナの背後にまわり、中途半端になっていた整髪を再開した。

途端にヒナがうとうととし始めた。髪を触られると眠たくなるらしいが、今日はもうたっぷりと昼寝をしたはずでは?

けれど、ダンはヒナを起こそうなどという愚かなまねはしなかった。
質問責めから逃れられるのはもちろん、拗ねた巻き毛の機嫌を直す時間もたっぷりと確保できるからだ。

そういえば、ヒナは急いでいたはずだが……まあ、いいか。

と、ダンが思っていると、やはり迎えがやって来た。

つづく


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迷子のヒナ 83 [迷子のヒナ]

コリン・クレイヴンは行く先々で厄介事を引き起こす才能を十二分に持ち合わせている。

という事で、当然のように父親にはうとまれている。コリンの父は物事が自分の思い描く軌道から少しでも外れる事を良しとしない。その軌道を修正する為なら、後ろ暗いことも平気でやってのける人間だ。もちろん自分で手は下さないだろうけど。

コリンのあらゆる不始末の尻拭いをするのは、すぐ上の兄、ジョナサンだ。すぐ上といっても十三も歳が離れているし、長兄のアンソニーと違って優しさの欠片も持ち合わせていないうえ、期待され過ぎて少々いかれているとあっては、兄というより、きっぱり赤の他人と言ってしまった方がしっくりくる。

その赤の他人は、わずかばかりの金を握らせ、田舎へ戻れと放校になったばかりの弟を、学校を出た途端放り出した。

いつも通りの酷薄さ。腹も立たなかった。その金で好きにしろという意味だと受け取り、帰ったと見せかけてロンドンにしばらく滞在していた。滞在していた場所は――灯台下暗し、ジョナサンのタウンハウスだ!

くぷぷっ。

ここの使用人は、冷酷な主人――もちろん留守中――を裏切って、見た目も性格も愛らしい弟の支援者となったのだ。

そしてその支援者は有能だという探偵を紹介してくれたのだが、こいつの調査はいまとなっては全く信用できない。ヒナの事が報告書には全く記載されていなかったからだ。

なんて名前だったか……フィッシュアンドチップス?いや、違う。ああ、そうだ!フィッツジェラルド&チッピングだ。

コリンはジャスティンの傍を離れようとしないジェームズを嫉妬のまなざしで見つめた。到底太刀打ちできないほどの美男子だ。
実際に会うまでは、たかが仕事上のパートナーだと高をくくっていたが、さすがはジャスティンをロンドンへ引き返させただけのことはある。

「エヴァンを手懐けるとはたいしたものだ」

ジャスティンのその一言で、コリンは否が応でも現実へ引き戻され、さっと身構えた。

「それって誉めてる?」

斜め後ろを振り仰ぎ、ジャスティンのどこか愉快そうな顔を注視した。どうやら思ったほどは怒っていないようだ。コリンは肩の力を抜いた。

「そう聞こえたか?」

そう言ってジャスティンは、もじゃもじゃ頭の座っていた場所に腰をおろした。
ぐしゃっと鈍い音が聞こえ、ジャスティンは顔を顰め腰を浮かせた。尻の下から何かを取り出し、それを慎重に広げた。

「なんだこれは……くそっ!ヒナだな」

と言ったジャスティンの手には、リネンクロスと砕けた焼き菓子が乗っていた。

あいつ、やっぱり物乞いじゃないか!

つづく


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迷子のヒナ 84 [迷子のヒナ]

コリンはひとつ学んだ。

それは、ヒナってやつの悪口を言うと、ジャスティンは本当に僕を追い出しかねないという事だ。ジャスティンの悪態に便乗しただけなのに、あんなに恐い顔で睨まなくてもいいじゃん!

まあ……でも、ジャスティンが場所を移動したおかげで、あの忌々しい椅子から解放された。決して、もじゃもじゃ頭が恵んでもらった菓子を置き忘れたからじゃない。

「ところで、どうして学校を追い出された?」
ジャスティンはソファの座面に鋭い視線を走らせ、そこにクッション以外の何もないこと確認すると、深々と腰を埋めた。

「僕が悪いわけじゃないよ。悪いのはあいつら。ジャスティンだって知ってるでしょ?僕みたいなのが、学校でどういうふうに扱われるか」
コリンはジャスティンの向かいの一人掛けのソファに、用心深く腰をおろした。見た目以上の座り心地にホッと安堵の息を漏らした。

「僕みたいなの?それは、つまり――」

「色々な意味で魅力的って事」上機嫌でにっこりと微笑む。

「ったく、ずうずうしいな相変わらず」ジャスティンは鼻で笑い、ふいに真面目な顔つきに変わった。「酷い事されたのか?」

ああ、ジャスティンは心配してくれるんだ。うちの薄情な兄とはやっぱり違う。

「ううん。その前に二度と手出しできないようにしてやった。それで退学」

コリンはやれやれとばかりに溜息をついた。退学だと校長に宣言された時の事を思い出すと、ひどく虚しい気分に陥る。あまりに一方的な裁定に、わずかな反論さえさせてもらえなかったのだから当然だ。

「具体的に何をやった?」ジャスティンは好奇心を覗かせ訊いた。

「ベッドに火をつけてやった」どう?とコリンはジャスティンの反応を伺った。

「学校が燃えたという話は聞いてないな」眉を顰めるジャスティン。口元がわずかに綻んでいる。

「小火で済んだからね」

「それは残念だ」

茶目っ気たっぷりのジャスティンの顔つきに、コリンはおもわずにんまりとした。目を見合わせ、一瞬ののち、先に声をあげて笑ったのはジャスティン。コリンも続く。

ジャスティンなら絶対わかってくれると思った。理由は違えど、同じように放校になった身だ。

「残念ついでに、ジョナサンには連絡済みだ」ジャスティンはほとんど真顔に戻って言った。

「な、なんでっ!!」
コリンは驚いて咄嗟に立ちあがった。全身の血が凍るほどの衝撃だ。

「お前がここにいる事が父親に知れたらどうなるかわかっているだろう?ジョナサンになら怒られるだけで済む」

「っく……」くそうっ。まだここへ来て三〇分しか経っていないのに、このままじゃ、もうあと一時間もすれば迎えが来る。そんなの嫌だ。

どうしよう……ジェームズとの関係をばらすと脅してみようか?いや、それはあまりに危険だ。ジャスティンに二度と口をきいてもらえなくなったら困る。

コリンは縋るような目でジャスティンを見た。お願いだからあんな冷酷な兄の手に僕を委ねないでと。すると、ジャスティンが先ほどより口調を和らげ言った。

「今夜一晩だけだ。明日の朝には迎えが来る」

「えっ、えっ?なんで?」

「今夜は予定があるそうだ。独身の貴族にとって週末は忙しいから当然だ」

あ、そうか。
兄さんは花嫁探しで忙しいって訳だ。

よかった。これで今夜一晩かけてジャスティンを誘惑できる。昨日は失敗したけど、今夜はそうはいかないよ。

コリンは、ソファの掃除を済ませ部屋の隅でこちらの様子を見守っているジェームズに、挑戦的な目を向けた。ジェームズはその視線を受けても、顔色ひとつ変えず眉ひとつ動かさなかった。

つづく


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迷子のヒナ 85 [迷子のヒナ]

ホームズはヒナの部屋の前に立ち、深呼吸をした。

外出から戻ると、予期せぬ客が応接室でお坊ちゃまと舌戦を交わしていた。お坊ちゃまのあんなに攻撃的な一面を見たのは初めてだったが、こと、守るべきモノが旦那様となればまだまだおとなしい方だったと言わざるを得ないだろう。

予期せぬ訪問者――コリンが明日の朝まで、バーンズ邸に滞在することになって、ホームズの仕事はさらに増えた。

まずは晩餐についての変更をシモンに伝えなければならなかった。それでなくても機嫌の悪いシモンに今日二度目の追加の指示だ。そしてその機嫌の悪いシモンの横で、遅すぎるアフタヌーンティーの支度を済ませ、応接室へ戻ると、お坊ちゃまが部屋へ着替えに行ったきり戻ってこないと旦那様がぶつくさと零していた。

「では、わたしが様子を見てまいります」と言って、ホームズはヒナを迎えに階上へ向かった。

部屋の前でひと息ついたのは、ドアの向こうでお坊ちゃまがいまいったいどういう状態でいるのか予測不可能だったからだ。

何事にも動じないと思われがちな執事だが、お坊ちゃまにはいつも驚かされてばかりいる。

ホームズはドアを開けた。
戸口に立ち、眉間に皺を寄せ、お坊ちゃまお気に入りの緑のソファの背後に立つダンの後頭部をねめつける。肝心なお坊ちゃまの姿は……とホームズは目を凝らした。ダンの向こう、栗色の巻き毛でわずかに確認できた。

やれやれ。支度はまだ済んでいないようだ。
ダンはこだわり過ぎるのだ。むろん、こだわるのはいいことだ。主人の身なりの良し悪しが、そのまま従僕の評価につながるのだから。上級使用人というのは、そうやってステップアップしていく。

「お坊ちゃま、皆様がお待ちです」ホームズは歯切れよく言った。

ダンが振り返った。立てた人さし指を口元に当てている。どうやらお坊ちゃまはうたた寝中らしい。

「もう少しです。お待ちください」と、ダンは声を出さずに口だけを動かした。

が、その甲斐虚しく目ぼけまなこのお坊ちゃまが、目をしょぼしょぼさせながら、ソファの陰からにょきっと顔を覗かせた。

「ホームズ?帰ってたの……」ふわぁとあくびをして、ヒナはよろめきながら立ち上がった。

「おやっ?」ホームズは珍しく頓狂な声をあげた。「お坊ちゃま、正装をされてどこへ……」

「お茶、飲むの」

ヒナはムッとしたように唇を突き出した。初めての正装を褒めて貰えず気分を害したようだ。

「さようでございましたか」これは失礼いたしましたと頭を垂れ、ホームズは部屋を出ようとした。

だが、残念ながらヒナに呼び止められてしまった。

「ホームズ、ここに来て。聞きたい事があるの」

つづく


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迷子のヒナ 86 [迷子のヒナ]

すっかり目を覚ましたヒナと、ギリギリヒナの整髪を終えたダンと、うっかりヒナに掴まったホームズとで、実に妙な会合が開かれる事となった。

ヒナは緑のソファに座り、ダンは窓際から持ってきた籐椅子に座り、背の高いホームズは暖炉の前にあった足乗せ台に申し訳なさそうに腰をおろした。

議題は、コリンは何者?だ。

ヒナにコリンを知っているのかと聞かれたホームズは、「ええ、ええ。知っていますよ」と一見なんでも答えそうな口調で応じた。

だがそうでない事を、ダンはよく知っている。
現に今、この従僕は余計な事を口にしてないだろうかと疑うような目でこちらを見た。
疑いも何も、余計な事を喋った後とあっては、ダンはいたたまれずに目を逸らすしかなかった。

「エヴィと一緒だったのはどうして?」ヒナが訊いた。

「さて、どうしてでしょうか?」

すっかり事情を把握しているくせに、真顔ですっとぼける辺り、ダンにはまだまだ真似のできない芸当だ。

「エヴィはジュスに手紙を届けたんでしょ?コリンはジュスと一緒にいたの?去年もそうだったの?それはアンソニーの弟だから?それとも……ヒナは、二番じゃなくて三番なの?」
ヒナは紅茶色の瞳を潤ませ、気になることすべてを吐き出した唇を小刻みに震わせている。

ヒナのめそめそスイッチが入ったようだ。
以前に比べてその回数が増えたのは、日に日に旦那様に思いを募らせているからだ。

ああ、なんていじらしいんだ。

「何をおっしゃいます!お坊ちゃまは一番ですよ。どうしてまたそんな途方もない事を――」と語尾を濁し、ホームズは悲しげに首を振った。

なんて効果的な返答だ!これでうまく全部の質問をかわしたぞ。ダンはさきほど自分も同じような場面に遭遇した事を思い出した。けど思うようにヒナの落ち込んだ表情を改善させることが出来ず、結局、緑のソファの力を借りたのだ。

ホームズの言葉だからこそ、ヒナは納得して、嬉しそうにはにかんでいるのだろう。

「ねぇ、ヒナとジュスはどういう関係?」

おーっと、難問が出たぞ!

これにはさすがのホームズも答えに窮した。ダンも必死にそれらしい言葉を見つけようと、頭をフル回転させたが、到底ヒナが納得しないようなありきたりな言葉しか思いつかなかった。

「今夜、旦那様とお二人の時に尋ねてみてはいかがですか?」

ホームズは勝負に出た。これは暗に、今夜一緒のベッドで眠ってはどうかと提案をしているし、コリンには邪魔をさせないと約束しているようなものだ。

ダンは感心しきって言葉も出なかった。

「ジュスは一緒に寝てくれる?」

「旦那様がお坊ちゃまのお願いを断った事がありますか?」

いいや、ない!

ダンは心の中で即答した。

つづく


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迷子のヒナ 87 [迷子のヒナ]

コリンは客室までの入り組んだ廊下を歩きながら、ジャスティンの部屋はどこだろうかと、前をいくエヴァンの目を盗んで辺りを探っていた。

「本当に火をつけたのか?」

コリンは、エヴァンの唐突な問い掛けに、右往左往させていた視線を、その冷たい背中でピタリと止めた。

「嘘だとでも?」

そう思われたなら心外だ。クレイヴンの男たるもの、相手にいいようにやられっぱなしというのは考えられない。
けれど今度のことに関しては、父親は息子を勘当寸前、兄は不出来な弟とは金輪際顔を合わせたくないといった態度で、よくやったと褒める様子は微塵もみられなかった。

ジャスティンは違った。よくぞやったと褒める代わりに一緒に笑ってくれた。ジャスティンが兄さんだったらどんなに良かったことか。

「いや。お前なら――コリン様ならしそうなことだ。ただ、襲いかかる相手をよく振りきれたなと思ってね」エヴァンは振り返りもせずに尋ねた。少しは心配してくれているのだろうか?

「相手は四人――五人だったかな?みんなで押さえつけて、裸の僕を強姦しようとした。そういうのってよくあるんだ。けど、幸か不幸か、助けが入った」

「それで、今度はそいつが助けた代わりに身体を差し出せとでも言ったのか?」

「その通りだよ」

「で、万策尽きて放火か……」

エヴァンの抑揚のない口調では、コリンの行為を咎めているのか支持しているのか、判断できなかった。子供っぽい解決策だと思われただろうか?襲いかかったのは上級生、助けた見返りを求めたのは先生。逃げ場はなかった。

「もう、この話はしたくない」コリンはつっけんどんに言い放ち、口を真一文字に引き結んだ。
それでなくても兄さんに嫌というほど叱られた後だ。これ以上誰かに責められるのは耐えられない。今後は厳しい家庭教師と共に田舎の屋敷に閉じ込められる運命だし、せめて今夜一晩は嫌な事は忘れて楽しく過ごしたい。

エヴァンが急に足を止めた。部屋のドアを押し開け、「どうぞ」と言ってコリンを中へ促す。

コリンはそこでやっとエヴァンの顔を見ることが出来た。醜い傷跡の残る無表情の厳しい顔つきも、もう見慣れてしまった。長時間肩を並べてロンドンまで戻ってきたのだから当然といえば当然。それに、この傷さえなければ、ジェームズに負けず劣らずの美男だ。エヴァンはこの傷を負った時、相手に仕返しをしたのだろうか?

「ねえ、その傷さ――」とコリンが言い掛けた時、斜め向かいの部屋のドアが開き、ひょろりと背の高い白髪頭の男が出てきた。こちらに背を向けているが、服装からこの屋敷の執事だと、コリンは気付いた。確か、名前は――

「では、お坊ちゃま、晩餐は八時ですからね。あと三〇分ですから、おとなしく――いえ、なんでもございません」音を立てずドアを閉めると、執事は深い溜息を吐き振り返った。「おや、エヴァン」

「ホームズでもヒナの説得は無理でしたか」

エヴァンがこの時初めて、声にも顔にも愉快そうな一面をのぞかせた。

コリンは途端に胸に激しいムカつきを覚えた。

結局は、あの物乞いに等しい得体の知れないもじゃもじゃ頭、ヒナなのだ。この屋敷が誰を中心としてまわっているのかは。

どうせ明日の朝には追い出されるのだ。
挨拶代りのティータイムをすっぽかしたぶん、晩餐でこっぴどい目に合わせてやる。

つづく


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迷子のヒナ 88 [迷子のヒナ]

晩餐のテーブルに燭台を置かないのが、この屋敷の決まりだ。
こと、ヒナがその席に着くとあっては。

以前、ヒナが不用意に伸ばした手が燭台に当たり――ほとんど体当たりと言ってもいい――ちょっとやそっとでは倒れたりしないはずのそれが、テーブルを燃やすという事故――いや、事件が起こったからだ。

むろん、花を飾るのも禁止。その他、事故に繋がりそうなものすべて、ヒナの目の前に置いてはいけないというのが、ジャスティンがこの屋敷の平安の為に下した命だ。

間もなく晩餐の時間となり、食堂に一番乗りをしたのは、コリンに負けじと正装をしたヒナ。

ではなく、堅苦しい制服を脱ぎ捨て、シャツにズボンといったリラックスした姿のコリンだった。

テーブルにはまだ着かず、暖炉の前の一組のソファの片方にまるで我が物顔で座っていた。

「遅かったな、コヒナタカナデ」と、コリンは横柄な口調でヒナを振り仰いで言った。

ヒナは戸口で目を剥き、コリンの元へバタバタと駆けて行った。

「お、遅くないっ!コ、コリン・クレイヴン!」

さっき聞いたばかりのコリンの名を声高に叫び、ヒナは鼻から息を吐き出した。

「喧嘩ですか?」と澄ました口調で間に入ってきたのはジェームズ。子供の面倒をみるのはごめんだといった視線を部屋の隅で気配を消しているホームズに向け、テーブルに着いた。

「喧嘩なんかしてないもん」ヒナはそう言って、いつもの席に着いた。

そこでふと気づいた。いつも真向かいに座っているジェームズが、テーブルの端に座っている。

「ジャム、どうしてそこに座ってるの?」ヒナは尋ねた。

「いつもの席は、お客様が座ることになっているからね」ジェームズは席に着こうとするコリンを見やり、たったいま現れたジャスティンに「遅い」とぼやいた。

「ジュスっ!」

ヒナは椅子をはじき飛ばす様にして立ち上がった。そして案の定、椅子ははじき飛ばされ、派手な音を立てて後ろに倒れた。

ジェームズが顔を顰めた。ジャスティンも同じように顔を顰めたが、ヒナの服装を見て相好を崩した。

「時間をかけた甲斐があったな」ジャスティンは上機嫌で言った。ヒナが相手でなければ、単なる当てこすりだと思っただろう。

「かけ過ぎだよ。男のくせに、たかが身支度を整えるだけでさ。従者が相当な出来損ないって言うんなら別だけど」コリンは鼻を鳴らした。

「ダンは優秀だもん!」ヒナはむきになって言い返した。

「コリン、余計なこと言うな。ダンは服装にはうるさいんだ」
ヒナが倒した椅子を起こし、ジャスティンは自分の席に着いた。

「ふうん」とコリンは口をすぼめ、ヒナに敵意のこもった目を向けた。

ヒナはそれに応えるように、コリンを睨み返した。

今夜の晩餐はいつも以上に面倒なことになりそうだと、テーブルの端でジェームズはうんざりと溜息を吐いた。

つづく


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迷子のヒナ 89 [迷子のヒナ]

ヒナとコリンが、水と油の関係だというのは誰の目にも明らかだった。

ある意味では我儘なお坊ちゃまという共通点がそうさせているのだろうと、ジェームズは思った。

「ねえ、ジャスティン。なんであいつ、スープをああやって飲んでるの?」とコリンが言えば――

両手の平にすっぽりとおさまるボウルを手にしていたヒナは、ジャスティンに代わりに反論して、とでも言いたげな目を向けるのだった。

仕方なしにジャスティンが「ヒナのうちではオワンというのに直接口をつけるそうだ」と返せば――

「こいつのうちってどこ?」とコリンが更に突っ込んだ質問をする。

ヒナはジャスティンなど見もせず、コリンを見据えたまま「ジュス、教えちゃダメ」と威嚇するように言う。

「コリン、そういえばきちんと自己紹介はしたのか?」ジャスティンはうまく話題を変えた。いまのところはヒナの素状については伏せておくのが賢明だ。

「してない…」とヒナが呟く。

コリンは何か反論しかけたが、このことに関しては自分が不利だと素早く悟ったようだ。

「コリン・クレイヴン――ジャスティンとは生まれた時からの付き合いさ」コリンは勝ち誇った笑みをヒナに向けた。

これにはさすがのヒナも何も言い返せなかった。自分はたったの三年だと、がっくりと肩を落とす姿に、ジェームズは思わずヒナを応援したくなった。

ジェームズはコリンが好きになれなかった。それは彼がきっと、アンソニーと似ているからだろう。ジャスティンを独占し続けた彼と。

「確かに、お前のことは生まれた時から知っている。いまでもあのクマのぬいぐるみを抱いて眠っているのか?」

ジャスティンはほんの冗談のつもりだったのだろうが、コリンはりんごのように顔を真っ赤にし、これに関してヒナがなにも言ってこないことを祈りつつ、スープ皿を両手で持ち上げ一気に飲み干した。

どうやら、いまでもぬいぐるみを抱いて眠っているらしい。

ヒナはコリンの子供っぽい一面をつつくような真似はしなかった。その代り「真似したー」と指を差して、きゃっきゃと騒ぎ始めた。
調子に乗ったヒナは手が付けられない。鴨のローストに添えられた二本のグリッシーニを器用に持って、「これはこう」と得意げにスライスされた鴨を持ち上げてみせ、そのまま口へ運んだ。ここまでくれば正装はまるで意味をなさない。

コリンは興味深げにそれを見ていたが、まもなく自分にもできるはずだと意気込んでグリッシーニを手にした。

こともあろうにジャスティンまでもが、感心しきって真似をする始末だ。

食べ物で遊んではいけないとジェームズは注意しようとしたが、結局、もののみごとに皿を空にしてしまったとあっては、アレを遊びだとは言えなくなってしまった。しかもヒナは東洋の技を披露しただけだ。

なおかつ、ジャスティンを巡って火花を散らしているヒナとコリンが笑い合って楽しそうにはしゃいでいるのだから、ここで余計な事を口にすれば、注意されるのはこちらということになりかねない。

ジェームズは静かに鴨を口に運んだ。

つづく


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迷子のヒナ 90 [迷子のヒナ]

和やかな晩餐が一変したのは、デザートが供されたちょうどその頃。

原因はヒナの発した一言。

「ねえジュス、今日一緒に寝ていい?」
ヒナはシモン自慢の一品、ミルフィーユにフォークを突き刺し、パリパリと小気味いい音を立てながら、唐突に言った。

と同時に驚いたコリンがフォークを皿の上に落とし、ガシャンと耳障りな音が部屋に響いた。

「え、え?お前何言ってんの?」

コリンがそう尋ねるのも無理はない。ジャスティンとて思わず同じことを思ったのだから。けれど、ジャスティンは驚きなど微塵も見せず、平静を装いぴしゃりと言い放った。

「ひとりで寝なさい」

「ええっ!やだ……」ヒナは断られると思っていなかったのか、驚いて、しゅんと項垂れ、それからぷうっとふくれっ面をした。

もちろん、普段なら断らないだろう。断っても無駄な事を知っているし、もはやヒナへの気持ちを押し止めるつもりもないのだから。

だが、なにせ、ここにコリンがいる。

コリンはジェームズがジャスティンの想い人、つまり恋人と勘違いしている。それはジャスティンにとって好都合だった。

もしもコリンが本当のことを知ったら――

厄介ごとがもうひとつ増えるのは確実だ。それでなくてもヒナの身元の事で手一杯だというのに。

「昨日はひとりで寝た」ヒナが訴えかける。

もちろん、そうだろう。

「だったら今日もひとりで大丈夫だろう?」

「でも……コリンはクマちゃんと一緒なのに」

「な、なんだよ、クマちゃんって!!だいたい、何の権利があってお前がジャスティンと寝るわけ?」あわてふためくコリン。

「……権利?」とヒナが首をかしげる。

「いいからこの話は終わり。早くデザートを食べて部屋へ行きなさい。俺とジェームズはこのあと仕事がある」

「仕事ですか?」のんびりとコーヒーを啜っていたジェームズは、胡散臭げに眉を顰めた。

「ああ、そうだ」空気を読め、とジェームズを睨みつける。

「仕事が終わったら、ヒナの部屋に来る?」諦めないヒナ。

「行くわけないだろう!」と声を張り上げたのはコリン。ヒナになんかジャスティンを譲るものかとテーブルを叩き立ち上がる。

「来るっ!」ヒナも立ちあがった。

「行かないっ!」

「じゃ、行くっ!」

「っ……だ、だめに決まってるだろ」

「決まってないっ!」

「決まってるっ!」

ヒナとコリンが馬鹿みたいに言い合っているなか、ジェームズは静かに席を立ち、ありもしない仕事をするため食堂をあとにした。ジャスティンもそれに続こうと席を立つ。

「ジュス、どこ行くの?」

さすがはヒナ。目ざとい。

「仕事だ」断固とした口調で言う。そして部屋の隅で笑いをかみ殺しているホームズに向かって叫んだ。「後は頼む!」

つづく


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